炭坑記録画の数々
坑内労働(採炭)
坐り掘り
昭和42年5月
「筑豊」とは明治時代は言わない。筑前、豊前のヤマには低層炭が多かった。上三緒、山内のシャクナシ、鞍手郡の金剛炭坑など炭丈(スミタケ)は六〇㌢以下であった。
この切羽では、先山は草鞋(ワラジ)も履かない。后山(後山)は足中ワラジを履いていた。(低層炭での作業は)とにかく頭が邪魔になる作業であった。
低い切羽の、肥前ではホゲというエビジョウケは、つかみ穴がない。スラに石炭を積むとき、粉炭がもれこぼれるからである。
※上三緒、山内 ともに作兵衛氏が在籍した炭坑。
※シャクナシ 尺無。一尺無いほど低い炭層。
※足中ワラジ 足半草鞋。明治・大正頃、運搬を担当する後山が使用したワラジ。
※ホゲ、エビジョウケ 石炭をすくい込むときに使う竹籠。筑豊では「エビジョウケ、エブ」といい、肥前では「ホゲ」といった。
※スラ 籠や木箱にソリ状の台がついたもの。
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