炭坑記録画の数々
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人車
昭和33~38年頃
昔のヤマ人 人車
ヤマの災害中最も珍しい事故が発生した。それは昭和十一年四月十五日忠隈炭坑で人車の逸走による八十余名が無残に散った(即死)のである。原因はコース元の三角カネの孔の切裂(断)であった。
この孔を引割った
斜坑二千メートル前後の人道には人車で入昇坑する。安全第一とコース元に非常停止器(安全機)があり、チェーンもドロバーも二本にしてある。一台に十二人位乗る。ヤマによって上部に鉄板張っておらぬ処もある。五台、小型は八台以上連結していた。
コースが緩むとフンローがさがり同時に二本尖鉄がスリッパにささえ(バンに突込)又車体を浮あげぬ様両方のレールを挟む仕かけになっている。ツギ目ページなし
*コース 巻綱の先端に取り付けた炭車連結用の金具。
*ドロバー(ドローバー) 炭車の背骨である引鉄。
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