炭坑記録画の数々
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昔のヤマ人13(坑内火番)
昭和33~38年頃

坑内火番
明治末期頃単丁切羽キリハ、にガス爆発事故が余りにも頻ばんなので従来の裸火カンテラは追放され、安全灯を使用した。坑内の安全地帯に火番がおかれ、老朽坑夫を安全灯の手入や煙草のサービスに当らせた。烟草は当時の最下級品でキザミ五匁三銭のナデシコで これを おっさんが一人に五、六ぷく位摘んで配給する。烟管キセルは三、四ヶ紐付であったが 大勢一緒に押かけるから、順番が待遠く 番尻番尻と叫ぶ声々 それはそれは賑やかな事であった。
カンテラ時代はブリキ製(トンコツ煙草入)を腰にさげ自由自在に喫んでいたから、当分愛煙家はニガテであったらしい。

無制限であるからズルイ者は何回も吸うていたし 未成年まで莨の味を覚える悪習があった。

おーい
  尻から煙りの 出らぬうちに
いゝかげんで 番尻に 渡さーんかー

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