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汽罐場の釜焚き
昭和33~38年頃
明治丗二年頃のキカン場(カマタキ)
二、三年後には二本ジューローが登場した。二号炭を焚き、坑内の洩蒸気が余りにも夥しいので 当時の火夫は八時間勤務でも重働であった。盛夏でも裸では猶暑い。
嘉飯地区では忠隈上三緒坑が特に激務の評判であった。「ジョウキがかたかった」。
小ヤマ程小型煙突が多い。中小のヤマには二本以上並んでいた。釜はランキョガマ(方言)と云う。
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