炭坑記録画の数々
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むかしヤマの女20(勘引 - 勘量係=出炭量を計る)
昭和33~38年頃

むかしヤマの女勘引

 后山は昇坑して二、三時間後、坑口桟橋の勘量係室に当日出炭の炭札を受けとりに行く。勘量係は積荷不足に×印の上に横棒をひく。ボタ混入の多いのは〇をつけ、中に一合一筋の横線をひく。いわゆる白チョーク一本で数屯の勘引をするので、役目柄とは云いながら採炭坑夫の怨嗟の的になっていた。
 当時は自作のカマボコ板位に各々姓名を記入していたので、受取の際、勘引が余り多いと罵詈雑言をあびせる女もおった。此自作札も大正時代には廃止され、会社より番号入ブリキ札と改正し、残り札は昇坑の際、最後の実函に括りつける様になった。
 これは麻生のヤマである。その頃大ヤマであった住友忠隈は、滅多に勘引せず、その代りに引く時は罰として五合(半函)没収であった。

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