炭坑記録画の数々
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取締り 人繰り 炊飯のクド
昭和33~38年頃
取締・人繰
直轄坑夫は取締り、大納屋坑夫は人繰が午前三時の汽笛が汽罐場から三つ吹鳴されると同時に各戸を繰込みにまわる。当時の坑夫で時計など持つ者は一人もおらず、間には起き忘れておる人もある。それと反対に午前一時や二時に入坑しておる輩もおる。カンテラヤマの特徴でもあった。早くさがって人より一函でも多く出す人と、早くさがって掘らねば人より負ける者が早く寝て、法外な時間に入坑していたのである。
しかし又、朝の繰込の際、今日は病気などと言うても、おーそーかと許しはしないー。九尺二間の棟割長屋で小板葺、冬は寒く夏は暑苦しい上に蚤責め、早入坑の人には実際の暑熱地獄であった。尤も坑内は涼しいが炭塵と煤烟で汗と共に真黒になり鼻孔など煤でつまってしまう。(当時のヤマに南京虫は現今の様に全然おらなかった。)
内庭は三尺×九尺で屋内で炊事はされぬ。雨降れば傘さして流しの仕マイであった。ヒチリンは博多製。
ヤマの人は飯は殆ど夕方炊いて、朝炊く人は少ない様であった。クロ(ド)は五銭はりこんで石油罐の一方に口をあけ、上に刃釜をのせる速成カマロ(ド)であった。蓋し下部に煉瓦か土を入れておかねば刃釜もろとも転覆する。
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