炭坑記録画の数々
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ヤマ人の燃料(3)(ゴトクと殻焼き)
昭和33~38年頃

ヤマ人の燃料

 狭い納屋にこのゴトクをおこす者が多かった(鋳物製径十八、二十センチ、高さも同じ位)。これは暖いがガラが多くいるのと灰が立つのが欠点であった。このゴトクは町家にも使用していた。現今の様に切炬燵など夢にもなかった。又、ユカが総て竹を二つ割にしてワラ縄で編んであるから細工もできない。又、ヤマ人はヤグラコタツなど使うのも見うけなかった。明治時代は割れ易い土製の博多ヒチリン(七輪)以外はブリキ屋に注文して特種物を持える他に方法はなかった。ヤマでも大家族のものは二軒分のナヤを借り、農家式のイロリを設けておる処もあった。
 夫婦で共稼ぎの者は、ナマイシ拾いもできないので、石炭を坑内から持参して、石油缶の上を少し切捨て速成ヒチリンに燃やす。中々何時までもガラにならない。未だ燃え烟っておるのを屋内に持込む。サァ大変、長屋は七尺位の土壁で区切りがしてあるだけで天井なしの事とて烟りは一棟内に渦巻く。これをヤカマしく言うと喧嘩になる。
 おいどんはキサマたちの様に 遊んでガラ作りしておるんじゃねえぞー。

*ナマイシ ボタ山に捨ててある有煙炭。

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