炭坑記録画の数々
すべての記録画

むかしのヤマの飲料水
昭和33~38年頃
給水設備は夢にもない。総て井戸(地下水)ずくめ。その井戸水が住宅の近くは梅雨期か豪雨時以外はカラケツ。一㌔以上も離れた山の谿の井戸まで担桶(タゴ)を荷なうて汲よせる。嘉飯地区何処も路は悪い。畠あり堤防あり畦あり 当時の女は苦労が多かった 尤も十才以上の子供がおれば加勢もするが 亭主の水汲は見うけなかった。当時のヤマには
嬶孝行をすると他人から笑われるのであったらしい。従って現今の様に水をフンダンに使わず 金より大切に節約していた
女房は亭主に炊事の手伝をさせるのは無上の恥としていた
<<前の10件 141|142|143|144|145|146|147|148|149|150| 次の10件>>
149/585
