炭坑記録画の数々
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昔のヤマ人3(白米飯・藁履作り)
昭和33~38年頃

昔のヤマ人

 米のめしにゃー、サァー(菜)はいりやんせん。これも明治三十二年頃ヤマの標語の様に童子まで真似ていた。水晶の如き鼻も光る白米飯勿体ないと一本一銭の沢庵香々で、一人一日分の莱にしていたと云う。一足一銭五厘の草鮭も買わない。寝る前に自分で作る。あらゆる辛抱、極度の節約をして相当の金を溜め、故郷に錦を飾った者も幾人かあったと云う。現今人の常語、栄養など考えず、又詞にもなかったが、生来強健な躰であったと思われる。

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