炭坑記録画の数々
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昔のヤマ人12(1)(病人の救済)
昭和33~38年頃

昔のヤマ人 救済法

 昔は採炭夫がマイトを使用せず、よって発破事故は極稀であった。此の外、切羽ガスの個人傷者位。
 明治時代のヤマには福祉施設は全然なく、公傷患者の治療位は会社主、事業主の「コゥシ」(坑主)が負担していたが、疾病者や死者の遺家族などにも救済金は申し訳的で雀の涙程渡していたと云う。それは確固たる法則もなかったからであろう。
 まして私傷病者になると愈々惨めなもので、大納屋係の人は納屋頭が面倒を見てやり、直轄坑夫は人事係が世話はするが、元気のよいときに牛馬の様に酷使しても一度仆れると冷淡になる。いわゆる厄介者扱いにする。自然的にあたりが悪くなる。つまり借金「サカ」が嵩むからである。家族の多い永病者は殊更愍れで此世ながらの生地獄であった。
 蛇足 昭和の声と共に健康保険法が生れて、現今はヤマの病者はいかに恵まれし事かー。(としよりて むかしおもえば 目がかすむ スクイてのない よわきヤマびと)

*直轄坑夫 会社直轄の坑夫。

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