炭坑記録画の数々
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昔のヤマ人14(3)(祭文語り - 直方の安平)
昭和33~38年頃

昔のヤマ人

 明治時代、私病困窮者の救済法として祭文語りを雇い講演させ、その花金をあてる方法もあった。当時は浪花節ではなくオカレ節と云い、サエモン(方言)語りと言うていた。中でも直方のヤスヘイさんの祭文は一風変っていて、突切り節と称し右手に二十センチ位のシャクジョウを持ち、普通の演師の鉄扇型叩きの代りに上下に静かに揺かしてリーン、リーンとしみいる様な音を出し演調をそそりたてていた。其他庄内村赤坂の愛丁、飯塚町の一本舎などヤマ人に親しまれていた。つまり花興行が主であったのはいうまでもない。
 蛇足 安平さんのマクラの一節~オチテーカサナルー落ちて重なるー「これを二十回余発声する」サイゴニ一舌、ウシノ クーソー(太閤記 赤穂義士伝が十八番おはこ)
 のおがたの安平さん 川筋でうれていた。頭ハート形三〇ミリ位を上下前後に軽ク揺らかすと首を振る。その調子で音が出る。安平さんは五十歳余りで いつも下顎をガクガクと震わせる癖があった。

*シャクジョヴ(錫杖) 僧、修験者が持っている杖。祭文語りが持って調子をとっていた。

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