炭坑記録画の数々
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昔のヤマ人(2)(ウサギ坑夫)
昭和33~38年頃
山兎耳短黒白茶色
誰がつけたか、ウサギ坑夫(ヤマの方言)スカブラ(怠けもの)の名称であった。前足短く あと足長く、登り(アガリ)が早く、降り(サガリ)が遅いからであろう。つまり、坑内で働く時間が余りないので一人前の能率をあげ得ない輩である。従って弁当は持参するが食わずにあがる事が多く、時には荷物になるから空にしてあがる位である。尤も坑内で弁当を早喰すると昔の人は嫌う傾向があった。仕事の八、九〇㌫終って食うのが規格であった。
当時の弁当入れはガガ又はクラガイと云う竹製楕円形に上下に飯を詰め二人分、四、五合位。菜は加工品といえばチクワ(スボ)位で、そんなゼイタクはせず、一本一銭の沢庵コンコン(香々(コウー)) 猫といわゆる肴すきでも塩鰯か臭いシオ鯨か干アゴかイワシ位で、質素と云うか、生活程度は低かったのである。(現今のように栄養とかカロリーとか言葉にもなかった。)
スリッパの切りかたがあまりふてーぞ
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