炭坑記録画の数々
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ヤマと狐(やけど患者の輸送)
昭和33~38年頃

ヤマと狐

 八木山峠の明神坂、俄作りの戸板担架、大勢の人が汗にまみれてエッサ、コッサ、ヤマのガス焼患者の移送である。イヤ九大病院に行くのじゃありまっせん。稍癒りかけた人を武蔵温泉に入湯療養に運ぶのである。当時、ヤマは勿論、町でも入院室のある医者はなく、如何なる重傷病患者も自宅養生であった。
 コレハ近所の人が数人集まって二日市まで担いで行く。肩の交代はすれども中々骨である。ヤマの人でも隣人愛は濃かった。明神坂は旧路飯塚方面、その上道中夜になると狐の心配がある。疱瘡のトガサより火傷の皮膚を命がけで剥いて喰うと言う狐の執念ー。

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