炭坑記録画の数々
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ヤマと狐(4)(祈祷師を訪れるヤマの幹部)
昭和33~38年頃
ヤマと狐
謎は漸く解けた。当時でも学識者は迷信に捉われず、かとて天災としては余りにも怪しいのでヤマの幹部連も邪教淫詞などととなえる時に非ず、祈祷師に依頼する事にした。果せるかな祈祷師のお託宣は狐の崇りであった。それは(柴ハグリ)の際、狐の住穴を埋めたからである。穴の中には狐児が数匹おって皆窒息死した。親狐は無念やるせなくヤマを呪い恨んで復讐手段をとり、三十二年頃建あがったナヤを片っ端から灰にしていたのであった。
*柴ハグリ(芝剥り) 炭坑を初めて開発すること。炭坑開発の初の鍬入れを行なうこと。
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