炭坑記録画の数々
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昔のヤマ人8(3)(鉄管卸・蒸気卸ーパイプ)
昭和33~38年頃

昔のヤマ人鉄管卸又は排気卸、蒸気卸とも云う

 押あげパイプは下盤に蒸気管は天井ぎわにならべハエてある。このパイプ卸がヤマが古くなるにつれ、重圧や自然崩落で継目フランジのワッシャ(パッキン)部から洩蒸気が烈しくなる。よって時々ワッシャの入かえをやらねば、下部のポンプが動かぬ様になる。上三緒炭坑は筑豊でも屈指の熱い卸で上部の方は五〇度もあった。(当時、華氏使用時代)百二〇度あるとの噂であった。
 たまさかの採炭休業日に基ストップをとめて修繕方が総員でかゝる。但し他の工員も応援する。握るスパナー、工具は火傷する位灼けておる。汗は流れ尽きて褌まではずすものが多い。勿論手拭(タオル)も邪魔になる。いかなる豪傑でも二十分間位で手をあげる。
 下部の冷風を吹込む小扉ぎわに数名のものが順番を待っておる。何れもスッ裸で大の字にねていて無駄口もたたかない。坑道が狭くて低いから一ヶ処に一人以上はよりつけない。
 余り長時間かゝるとパイプが冷却してストップをあけた際、何ヶ処も新に吹き切るから寸秒を争う迅速な仕事である。又 ワッシャ以外フランジの首元から洩るのはパイプを取かえねばならず、前以って準備はしてあるが、トテも大難工事であった。
 昔から此の卸は排気坑道に兼用しておる。それは熱度を放散かたがた排風を熱度が誘導するからである。

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