炭坑記録画の数々
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むかしヤマの人びと10(ポンプ座の男)
昭和33~38年頃

むかしヤマの人びと

 狸掘りでない限り、中小ヤマには小型ながらも蒸気ポンプがあった。それもスペシャルで始終故障ずくめで、つき止まりが多く、当時のポンプがた(運転手)を悩ましたものである。
 明治末期頃にはエバンスエンジンが登場してピストンの調子が良くなった。オートルも十吋以上はゴムバルブとなり、ロ(ド)ゥランも木製の麻パッキングが真鐵の革パッキンと変り、排水能率をひきあげた。(筑豊のヤマでは目尾炭坑が最もハヤい機械ヤマであるとの噂さ高かった。明治十四年にマキやポンプがあったと云う。)
 ポンプ座は裸でも汗を流す暑さであった。

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