炭坑記録画の数々
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むかしヤマの人びと16(手動捲揚信号)
昭和33~38年頃
ベルなど夢にもない。当時は、体力信号であった。全身の重量最大の臂力を活用せねば、坑外捲場の鉄の杵が揺かない。ぶらさがる合図線は、八番ワイヤ又は小型のアエンロープも後に出た。卸し底の終点や遠距離の中継ヶ所にはハンドルがついていた。
信号はマケ二ツ サセ三ツ トマレ オーライ一ツ 其他 遅(ヤオ)マケ、遅(ヤオ)サセ 又は 片盤符号(アイズ)などヤマ、ヤマで簡単明瞭にきめてあった。中ヤマにはカタバン棹取専務がおった。
~ハネはないけどサオドリさんよ まいて さいて おうらいすりや
手間がそん ドッコイ ドッコイ
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