炭坑記録画の数々
縁起、迷信、禁忌

坑内の狸
昭和39~42年頃

 明治中期、坑内の狸(ムジナ)。山間へき地の小ヤマの坑内には、狸がおった。それも暗い地下ではあるが、昼は出ない。夜の十二時すぎ、陰気みなぎる淋しき頃、(坑内に)二人か三人ぐらいのときに、(狸があらわれて)イタズラをする。
 K坑では、明治三十二年夏、右二片で狸が石を掘る音を聞いた。遠い切羽での音は、(人間が掘る)本物の(音と)変わらない。その音は今から六十六年前、私の耳底に残っている(今は昭和四十年)。一回ならず数回(その音を)聞かされた。古老の話では、ようく(耳を)澄まして聞けば、(狸の音は)ヒキヅル(ズルーとひっぱる)音、金属製のチャランと音がしないこと、何となく音に弾力がないと言っていた。

 (狸が)しっぽで石壁を叩けば、石を掘る音がするといい、その他バレる(崩落する)音、水の流れる音、人の歩く音、炭函を押す音などなどの芸当を(狸は)やるらしい。中でも炭函は結鎖がチャンチャンならないと言うので、夜は鎖をワザワザ引きずって押していたのであった。
 また、追い詰められて逃げ場がないときは、(狸は)柱に化けるという。その(化けた)柱は根元が下にある逆柱で、カミサシ(楔)もなく手や足は節になっているという。
 K坑では、この狸を捕らえることも姿を見ることもできなかった。狸の毛皮は、鍛冶屋の鞴(ふいご)のピストンやパッキンになるので、鍛冶屋のおっさんが欲しがっていたが、「とらぬ狸の皮算用」と笑っていた。
 私も狸の金玉八畳敷がみたかった。

 屁のようで、さっぱり(狸の)姿が見えねー

※K坑  上三緒炭坑のこと。
※右二片 曲片(炭層の傾斜する方向と直角で、傾斜のない方向)の数え方で、上部から左右とも一片、二片と数えていく。
※結鎖  炭車を連結する鎖。
※逆柱  通常の柱は、木の末口を下につけ、根元で天井を支える。逆にしたのが逆柱で、大いに嫌っていた。

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