炭坑記録画の数々
ヤマの訪問者

魚行商人
昭和40年10月

明治三十七年前後 僻地 ヤマの魚商人(ヤマに固定魚屋なし)山内坑

 幸袋の松さん、毎年夏になると臭い塩鯨を売るので有名であった。幸袋から旧山内坑まで山道を近回りして約六キロ(山内坑ハ明治廿九年ニ開坑、同四十三年ニ閉坑)、麻生太吉氏のヤマであった。現今の田川行二〇一号線の笠松峠の西方麻生農園の処。昔は冷凍魚がないのと運送に時間がかゝるので、夏には塩ものか乾物以外の魚をタべる事はできなかった。それで松さんの臭い鯨を毎年夏、皆買い続けたもので、その鯨は土と塩とネリ固めた様なもので、焼いて熱湯をかけても、まずい辛い臭いであったが、一斤六百グラムが十銭以下であり、弁当のサイなど簡単ですむからヨク売れていた。しかし、臭いものは何でも松さんのクジラの如しとヤマの標語になっていた。
 尤も夏期三、四ヶ月だけの事でそれ以外ではブエンと言う鮮魚があった。又当時は小溝でも川でも水のある処には川魚がウヨウヨおったから、夏のサカナは不自由しなかった。昇坑してそのまま川魚あさり漁をする者が多かった。川以外の水田でもドジョウや小ブナがあふれていた。

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