山本作兵衛氏と炭坑記録画
ヤマの俗信・縁起

ヤマには11の忌み嫌う俗信と縁起があった

 山本作兵衛氏の炭坑記録画の中には、民族学的にも貴重な資料となる絵画があります。そのひとつがヤマの俗信・縁起です。

▲坑内では笛をふくこと、拍手をすること、頬被りをすることが縁起がわるいとされました

 ヤマの仕事は地下の危険な仕事ですから、他の職場にはない炭坑特有の忌み嫌うことがあり、極力避けられていました。作兵衛氏の記録によると次の11のことがタブーとされていますのでそれを紹介します。

1 坑内で笛をふくこと
 山の守護神である大山祇命はたいへん音楽(特に笛の音)好きです。災害を未然に防いでくれている神が笛の音に心をとらわれると、心に隙ができて事故につながるといわれました。

2 拍手をすること
 拍手かっさいなどを坑内でする人はいませんが、おどけた人が手をたたくと、神様が柏手と思って「何の祈願だろう」とうっかり天井を支えている手を緩めるから落盤が起きるといわれました。また、パチパチ音をたてると、柱の上にさしているカミサシが割れる音と間違えるからだとかいわれています。

▲死者の魂を坑内に残さないように遺体を地上にあげたとされています

3 頬被りをすること
 坑内は薄暗く、目よりも耳が危険を察知することが多いので、両耳をふさぐ被り方はしませんでした。また不幸にして坑内で死亡事故があった時、死者の魂を坑内に残さないように、本人の名前を呼びながら遺体を地上に上げます。その声が聞こえにくくなるような被り方はいけないとされていました。

4 下駄をはくこと
 下駄ばきでは傾斜面の多い坑内では歩きにくいことと、どんなに完全な足拵えをしていても転倒して負傷することもあり、危険だったからです。

5 花類を飾ること
 地下の作業場には不釣り合いなうえ、花類は葬儀などの仏事用と思われていて、お墓やお寺を連想させるものとされていたためです。

▲新参坑夫がエンギを知らずに、みそ汁をご飯にかけると古参坑夫から、なぐられる、けられるといったひどい目にあった

6 入坑中に自宅で炒りものをすること
 亭主の入坑中に炒りものをすると亭主がケガをすると言い伝えられていました。特に糒とか餅のあられとかの炒りものを嫌っていて、その他の炒りものに関してはあまり気にしてはいなかったようです。

7 「猿」と言うこと
ヤマの人は猿を嫌っただけではなく、サルという言葉も嫌っていたということです。サルは「命が去る、消え失せる」代用語になるからです。またヤマによく顔を見せていた猿回しの猿が、巡査に捕縛され、自由を束縛された人を想像させるため、特に博打をする人に敬遠されていたそうです。

8 アナ、マブと言うこと
 ヤマの人は坑口のことをアナとは呼ばなかったそうです。これは墓穴につながるからです。同様の理由でマブという言葉も嫌っていたということです。

9 女性の赤不浄
 赤不浄とは生理休暇のことで、月経や出産を坑内では忌みものとしていたようです。

▲朝のカラス鳴きや坑内への花の持ち込みは嫌われていた

10 黒不浄、ホネガミ
 これは葬儀をさしていて、当然のごとく一番嫌っていたようです。

11 悪夢
 坑内で働く人は、悪夢をみると仕事を休む傾向があったそうです。悪夢をみたからという理由で休むだけではなく、「頭痛、腹痛」などと言って仮病をつかってでも休んでいたそうです。
 他に、犬殺しがヤマにくること、煙突の煙が二つに割れること、朝にカラスが鳴くこと、ご飯にみそ汁をかけて食べること(ミソがつく、ケチがつくなどと言われていました)などを嫌っていたということです。やはり、死と背中合わせの過酷な仕事であったため、不吉と考えられることはできるだけ避けようとしていたようです。

ヤマの生活の一枚:あげ孔くり
 鑿岩機(ドリル)のなかった時代には、セットウでノミをたたいてダイナマイトをかける孔をあけていました。特に、「あげ孔くり」と呼ばれた天井に孔をあける作業は、セットウ使いのなかでも最も難しく、相当の熟練を必要としたということです。セットウは鋼鉄製であったので、ノミを打つと独特の余韻が響き、そのリズムにあわせて打つと調子良く能率もあがったそうです。